てぃーだブログ › 耳は二つ、口は一つ › メントピ1:うつエッセイ

2008年06月05日

感謝

ずっと悩んでいたことが最近やっと解消しつつあります。
それは、思うように言葉が出る喜び。

え?君は何を言ってるんだい?
なんて思わないでくださいね。
不思議に思うかもしれませんが、
実は私、ここ数年思うように言葉が出ない…
という症状に悩まされていました。
それに加えて昨年は、人の話が途中で意味分からなくなるとか、
上司の指示が途中で意味わからなくなるとか、
そんなことが平気であったんですねぇ。

それだけに、表現の手段がブログ中心になったり
指示を仰ぐときにはメモ必携が習慣となっていたわけですが
もちろん、これもうつの症状の一つ。
あっ、うつの症状がかなり回復してるんだなぁ。と
実感の日々。

思うように言葉が出てくることがこんなにも嬉しいなんて!
最近は喜びに浸っています。 感謝。
  

2008年02月24日

いい仕事をするために休む

いい仕事をするために休む。
という考え方を最近学びました。

先週のことですが、週の真ん中水曜日の体調が思わしくなく
無理すれば出勤して8時間の勤務は乗り越えらるだろう。
でも、無理して動くと木・金が苦しくなる。ということが自分で分かったので
上司に相談して休みをもらいました。
それに理解を示してくれた上司にまず感謝ですが、
それを実行できた自分にもちょっとびっくりした。
うつの回復期は、ゆとりをもった仕事組みが必要なんだよね。
と改めて自分自身のおかれている職場環境に感謝。
水曜日休んだおかげで、木金はしっかり仕事をこなせました。

  

2008年02月14日

「あ」「と」「で」の話



よくこのブログで紹介している
「その後のツレがうつになりまして」
(画像をクリックすると購入画面にジャンプできます)

その中に、こんな話があった。
かいつまんで引用させてもらうと

うつ病はつらいものだが
乗り切る秘訣として、「あ」「と」「で」というモットーを考案した。

「あ」 は焦らない・焦らせない
「と」 特別扱いしない。
「で」 できることできないことを見分けよう。

「あ」「と」「で」というモットーは「あとで」という言葉に結びつく。
あとでと常に判断を保留する癖をつけると楽になる。
病気の人は未来のほうが必ず何かよくなっているので、
後回しにして大丈夫なのだ。



なるほどなぁ・・・と思わず納得。
「あ」「と」「で」の話、うつで苦しんでいる方も
そしてその周りの人も、何か最近うまくいっていないと感じたら
自分の生活に「あ」「と」「で」の話が生かされているか
よく考えてみるといいかもしれませんね。

  

2008年02月10日

うつエッセイ:楽しい思い出を作るために今日を楽しく生きる

しばらく更新が滞ってしまいました。

本業のほうが忙しかったり、久々に「うつ」症状がでまして。。。
久々にうつ特有の苦しい状況に陥りまして・・・
まだ、自分もうつから回復していないのね・・・と
ちょっぴり落ち込んでしまいました。

うつの症状が出てきたとき
得てして「自分で自分をうまくコントロールできない。」
そんなものです。
仕事中、ふと、スイッチが入ったように
うつの症状が襲ってきました。

イライラと焦燥感が募っているときについ。。。
目上の人にぞんざいな態度をとってしまったのです。

自分が自分をコントロールできていない状態に気づき
その日の午前中は深く落ち込みました。
でも、最近自分に言い聞かせている言葉を思い出しました。
「他人と過去は変えられない」の進化版です。

「他人と過去は変えられない。今日の失敗を楽しい
過去の思い出に変えるにはどう自分が動けばいいか」


まずは直接謝ろうと試みましたが・・・
なかなかチャンスが見出せず不発。
更に凹。

しかしもう一度言い聞かせる。
「他人と過去は変えられない。今日の失敗を楽しい
過去の思い出に変えるにはどう自分が動けばいいか」


会ってこの話を切り出す心のゆとりがない
自分の状況をきちんと説明した上でメールで謝ろう。
即実行。

もともと私の病気に理解を示そうと努力している方
だったおかげもあって、「大丈夫。きっと病気がそうさせてるのね」
って思ってたから大丈夫よ。との返信。
胸のつかえがとれました。

他人と過去は変えられない。
今日の失敗を楽しい過去の思い出に変えるにはどう
自分が動けばいいか!


落ち込んだときにふと思い出したい一言です。  

2008年02月07日

私、うつと共生しています。

実は、私はうつと共生しています。

信頼できる主治医
温かく見守ってくれた家族と友人
理解ある職場の上司と環境

この3つのおかげで私のうつは
回復傾向にあります。

しかし、うつと「共生」しています。
と笑顔で言える環境にたどり着くまでには
かなりの時間がかかりましたし、
多くの方に迷惑やご心配をおかけしました。


私がうつになった原因は正確にはわかりません。


しかし、誰かの所為、何かの所為で
うつになったのではありません。
原因を探るのは難しいですし、それはナンセンスだと思います。
なぜなら、ひとつひとつの事象といろいろな状況や要因が
複雑に絡み合って私は「うつ」になったのだと思います。
そうなると、誰も悪くありませんし、
追求するだけ時間の無駄です。

発症するまでの話はもう過去のことです。
過去と他人はかえられません。
かえられるのは未来だけ。
だから前を向いて歩くと決めたのです。

でも、私はうつとの共生を通して
いろいろな事を教えてくれました。
苦しいこともありました。
今でも、時々苦しい思いをすることもあります。
でも、私は心からうつに感謝したいと思います。
そういう心境です。


私自身がまだうつを知らなかった頃、無知ゆえに
うつで苦しんでいる人に対して、間違った接し方を
していたなぁと後悔することがあります。
その後悔と反省の情もあり、うつについて、
ココロの健康について情報を発信していきたいなぁと
思うようになりました。
今、私に向けられる誤解や偏見を
以前は私がしていたということを恥ずかしく思います。


このカテゴリーでは、
私の「うつエッセイ」を綴っていきます



  

Posted by 杉本右京 at 19:27Comments(6)メントピ1:うつエッセイ

2008年01月30日

うつはなまけ病ではありません。

うつ病の当事者として
そして、その取材をしているものとして
うつを抱えている人からよく聞くのが
「うつはなまけ病」と批判されるのがつらい。
ということ。

実際、私も同じような言葉をかけられ
傷ついた時期があります。

身体的な症状が表に出る疾患と違い
うつは脳の病気。
脳の神経伝達物質がうまく機能していないゆえに
考え方や気持ちがふさぎこんでしまう病気ですが
日によって心と体の体調に波があるため、本人も
「もしかして私はうつ病ではなく、ただのなまけ病?」
と考えてしまうものです。
それに、追い討ちをかけるように
「気分屋さん」とか
「都合のいいときだけ病気を装っている」
という批判を受けると、本当に苦しくなってしまいます。

そんな悩みに対して、幻冬舎刊 細川貂々さんの著書「その後のツレがうつになりまして」に非常に的確なアドバイスが書かれています。

うつ病というという病気の不思議なところが、
自分で「もしや自分はうつ病ではなく怠けているのでは」
と疑いを持つところがある。(中略)
でも、もしうつ病ではなく、
本当になまけているとしたら?(と、また考えてみる)
「楽できてラッキーじゃん」とニヤリとするのではなく、
「そんな怠ける自分なんて人間のクズだ」と考えてしまったりする。

そう。
うつってそういう状況との格闘なんですよね。
本人はそれを受け止め治療に専念し
周りはその格闘を理解してあげてください。

すべての人に理解してもらうのは難しいですが
一人でも多くの人にうつについて知ってもらい
ゆとりのある対応がひろがればいいなぁと思います。

  

2008年01月28日

回復期のうつとの付き合い方

久々にうつエッセイを書いてみようと思います。


このブログの読者の中には、うつを
ある程度コントロールできるようになり
職場復帰や以前の日常生活の半分程度を
こなせているという方や、周囲にそのような方が
いらっしゃるという方多いのではないでしょうか?  
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Posted by 杉本右京 at 21:04Comments(0)メントピ1:うつエッセイ

2007年12月14日

うつエッセイ〜11〜自分らしさを探す旅

復職して今日現在で2ヵ月半が過ぎました。
元気に会社に出勤していますが、まだまだ完全ではありません。
仕事でもプライベートでもできること・できないことがあります。

依然として、人ごみは苦手です。
電話もかけるのも取るのも苦手です。
人と話をすることに難しいなと感じるときがあります。
最近は多少よくなりましたが、
さっき受けた指示を思い出せないときがあります。

でも、「以前のようにできない」といってあきらめたり
嘆いたりするのではな、無理のない範囲でどうすればできるかを
考えるようにしました。

どうしても人ごみに行かなければいけないときは
前後にしっかり休めるスケジュールにして出かけます。
人ごみの中ではこまめに休み、それでも無理なときはあきらめて帰ります。

苦手な電話も、無理なときは取りません。
電話をかける時は必ずシュミレーションをして台本を書きます。
そして普段人のいない会議室かければ、なんとか大丈夫です。

話すことが難しい場合はメールや手書きの手紙で
気持ちを伝えることにしています。

指示を受けるときは簡単なことでもメモをします。

抱えている問題を一気に解決しようとせず、
とにかくできること、できそうなことから
手をつけるようにしています。
「できない」と嘆くより、
時間はかかっても「できた」という結果を受け入れるように
しています。そして自分を褒めることにしています。

いたずらに将来の不安を抱くこともやめました。
今、抱えている不安や心配も解決されないのに、
将来の不安に立ち向かおうとするならば
身動きが取れなくなって、結局何もできません。
それに、今心配している将来の出来事は起きない可能性だってあります。
だから、いたずらに将来の心配はせず、一日一日を笑顔で一生懸命生きるには
どうすればよいかを考えるようにしています。

結局のところ、わたしはうつになるまで、
自分に真摯に向き合っていなかったのです。
だから、自分の体調や限界を顧みず、ビジネス書や他の人の話を
すべて受け止めようとしていました。
自分に真摯に向き合い、自分の良さや弱さを認めて初めて
相手の言動に真摯に向き合えるということをうつに教えてもらったのです。

私はネクタイを締め始めたその日から、
本当の意味での「自分らしさ」を探す旅がスタートしたと思っています。
まだまだスタートしたばかりですから、 落ち込んだり、完全ではない体調に
戸惑うこともあります。

ですが自分にしっかり向き合い、自分を認め、自分を褒めることを
忘れないようにしたいと思います。
そして、支えてくれている家内や両親、上司や友人に
心から感謝しつつ自分らしさを探す旅を続けていこうと思います。

  

Posted by 杉本右京 at 17:42Comments(4)メントピ1:うつエッセイ

2007年12月14日

うつエッセイ〜10〜寛解への突破口

うつ寛解へ道が少しづつ開けてきたと実感する今日この頃ですが
その突破口となったものが二つあります。

一つは、認知療法と対人関係療法との出会いでした。

ココロのサインに敏感になった頃だったでしょうか?
私は、ココロの健康というテーマに強烈に引かれ始めました。
今まで殆ど手にしたことがなかったうつに関する本や、
心理学の本を手当たり次第読み始めたのです。

認知療法とは、「考えは気分に影響を与える」という観点から、
出来事に対する否定的な考え方に焦点を当て、そう言ったものの見方、
考え方(認知)を再検討し、変えて(修正)いくという治療法。

対人関係療法とは、自分の情緒に最も大きな影響を与える人との
「現在の関係」に焦点を当て、コミュニケーションのパターンなどに
注目することによって、対人関係を改善するという治療方法です。

私の場合、対人関係や将来に対する極端な不安が
大きなストレス要因となっていました。

それゆえに、うつを診断された当初は
「あの人のあの発言に傷ついた」という憎しみや恨み、
「今は良くても将来は…」という失望感がありました。

しかし、この二つの精神療法の本を読み解くと、
言葉の受け取り方や将来への極端な不安を修正して、気持ちを切り替えたり、
人間関係に応じた付き合い方を実践すれば、決してストレス要因となるものはないと
気付くことができたのです。

この二つに気がついたあたりから私は大きく変わりました。
そもそもそういう傷つくような言葉を言われたのは、私にコミュニケーションスキルが
不足していたということ。 相手の気持ちを考えつつ、しっかり自分の気持ちを伝える
「アサーティブコミュニケーション」が成立していなかったのです。
自分の意見を言うより、聞くだけ…「言いなり」とまではいかないにしても、
相手まかせの対等ではないコミュニケーションを続けた結果、
両者にすれ違いが起きてしまったのだと思います。

それに気がつくと、自分がうつになったのは誰のせいでもない。
「豊かな人生を送るために、自分の考え方や生活スタイルを変えたほうがいいかもね!」と、そっとうつが教えてくれたのだと思えるようになりました。

もちろん、30年近く生きてきた性格をすぐにかえることはできません。
せっかく身につけた精神療法でも、長年培ってきた自分自身の性格や
信念の前では無力なときもあります。
そんなときは本を読み返して、ココロのセルフメンテナンスを
するようにしています。今でも気持ちの切り替えがうまく出来ず
落ち込むこともありますが、以前に比べれば、立ち直りが
だいぶ早くなってきています。

二つ目の突破口は、当たり前の生活習慣を取り戻すということでした。

朝食をしっかり取る。
朝日を浴びる。
リラックス法をたくさん持ち、こまめに休憩を入れる。
深呼吸をする。
軽い運動をする。
質のいい睡眠を最低でも6時間はとる。

特に私は重い睡眠障害を抱えており、睡眠のコントロールが、
うつを寛解に導く大きなカギとなったような気がします。
実際、早寝早起きを心がけるようになった生活スタイルを実行したあたりから、
ココロに優しい考え方ができるようになりました。

書いてみれば、思わず吹きだしてしまいそうなくらい、普通のことなんです。
でも、私にはそんな普通の生活習慣が欠けていたのです。
いえ、そんなことをしなくても、健康は維持できると過信していたのだと思います。
朝日なんて浴びなくても大丈夫だし、 朝ごはんなんて食べなくても死なない。
極端に言えばそんな態度だったと思います。

こうやって考えると、「うつ」は今まで取り立てて考えたこともなかった
日常生活のあちこちにココロの健康のヒントがあるんだよということも
教えてくれたのかもしれません。

  

Posted by 杉本右京 at 17:41Comments(0)メントピ1:うつエッセイ

2007年12月14日

うつエッセイ〜9〜命を奪いかねない一言

特に最近はうつ病の治療薬としても使われていた向精神薬「リタリン」の問題もあって
「薬は癖になるからやめなさい」「もう元気なんだから、病院に行くのはやめなさい」と言ったアドバイスを親切心から言う人がいます。
特にうつ病について知っている「つもり」の人が強くそう勧めるケースに出くわします。

しかし、そのアドバイスは時としてうつで悩んでいる人の命をも奪いかねない一言
であるということに気付いてください。

うつ病の患者に起こっている脳内神経伝達物質のバランスの乱れは、
薬で調節しなければ治らないのです。なので自己判断で薬の量を調整したり、
薬の服用を止めたりすることは、 回復を遅らせたり悪化させるだけでなく、
脳内の神経伝達物質のバランスを崩し、最悪自殺への引き金を引いてしまうことが
あるのです

うつの薬には常習性や習慣性はないということ、
薬の調節は専門の先生でも判断が難しいということを念頭において、
薬を飲むことを否定したり、 通院をやめさせようとしないでください。



  

Posted by 杉本右京 at 17:40Comments(0)メントピ1:うつエッセイ

2007年12月14日

うつエッセイ〜8〜うつは心の病にあらず

前の項目までは、診断から復職までの経緯について書きました。
今、振り返って感じることは、私の復職にあたっての職場環境は非常に恵まれたもの
だということ。主治医からも「理想に近い形」と言われています。

しかし本来であれば、受けられて当然の復職支援が、なかなか受けられないというのが、現実のようです。復職はしたもの理解ない職場環境に押しつぶされ、
悪化、再発、休職、退職というケースを耳にします。

復職をしたときに、生きづらさを感じる一つの要因、いえ、そもそも
うつ病であるということをなかなかオープンにできない要因のひとつに、
うつ病への根強い偏見や誤解があると思います。

ここ数年うつは「心の風邪」「お薬で治ります」という言葉が氾濫しました。
その言葉のおかげで心療内科の敷居が下がり、県内でも37人に1人が心療内科に
掛かる時代になりました。心療内科という名称が一般的になったのも、とても
よい傾向だと思います。

しかし、その言葉は、うつは精神的に弱い人がなるもの、ココロが弱い人がなるもの。
ココロの病気という考え方も広めてしまったような気がします。

誤解されている部分ですが、うつ病になる人はココロが弱いからでも、
甘えているわけでもありません。ストレスなどによって、意欲や活力などを伝達する
働きをしているセロトニンやノルアドレナリンという脳内の神経伝達物質の働きが
悪くなった結果なんです。

うつ病はココロの病気というよりは脳の病気なのです。

よって、うつ病の人が飲む主な薬は、セロトニンやノルアドレナリンといった
脳内神経伝達物質のバランスの乱れを修正する薬なのです。決して直接ココロに
作用する薬を飲んでいるわけではありません。

風邪を引けば、せきやくしゃみ、鼻声になります。
骨を折れば、ギブスをします。
しかし、うつ病の場合、脳の病気なので、どこが病んでいるのか目には見えません。
それだけに、「元気なのにどうして?」と思うことがあるかもしれません。
しかし、本人は結構深刻なココロの状況を押し殺して会社に来ている場合もあります。

本当は、会社で仕事ができるほど体力に自信はないけれど、今日は頑張って会社に来た。
一人のときに電話が鳴ったらどうしようと不安におびえながら仕事しているかも
しれません。


「昔は何事もなかったかのようにこなしていた仕事を、どうしてできないの?」
と周りは思うかもしれませんが、それ以上に、本人は戸惑いや不安を抱きながら仕事をしていることが多いものです。
そういう状況であるということを分かって欲しいと思います。

  

Posted by 杉本右京 at 17:38Comments(0)メントピ1:うつエッセイ

2007年12月14日

うつエッセイ〜7〜二度目の復職

3ヶ月の休職後、無事、復職を果たすことができました。

最初の復職と違い、今度の復職は主治医や上司、
私と家内の4人でよく話し合って決めました。
自分自身の状況を客観的に判断する上でも、要となる診察時に、
直属の上司や家内の同席は心強かったですし、 復職をスムーズに果たすことが
できたと思います。

ビジネスマンのうつの場合、休職明けの勤務は、細心の注意が必要だといわれています。
うつは、風邪のように、「昨日までしっかり休んだから今日から元気。」
という類の病気ではありません。
また、糖尿病や高血圧のように、薬を飲みながら
病気と共存する慢性疾患でもありません。
あえて言うのであれば、その間の「亜慢性」の病気と言っていいでしょう。
それだけに、ビジネスマンのうつの場合、休んだ体を少しづつ、時間をかけて職場環境に適応させていく、いわば「アイドリング」のような状況を続けながら徐々に職場復帰を果たすということが、うつ回復への鍵を握るのです。

うつが「亜慢性」の病気であること、アイドリングが回復に向けての重要なプロセスであるということを、本人はもちろんのこと、上司や同僚に理解してもらう必要が
あるでしょう。これが、復職を進める上で大きなポイントになると思います。

また、できる仕事・出来ない仕事は人それぞれですので、
どういう仕事はできて、どういう仕事は避けたほうがよい。ということを
復職前に主治医とよく話し合う必要があると思います。

私にとって一番ありがたかったのが、復職について話し合う診察のときに
直属の上司と家内が同席してくれたことでした。
主治医と上司は、私がする仕事、しようとする仕事が復職直後の私にとって
本当に負担にならないか、バックアップ体制はどうなっているかをはじめ、
総務的な段取りを綿密に話し合い、家内は見逃してはいけない私の体調の変化に
ついて相談しました。

四者協議の結果、復職後3ヶ月は一日最大6時間勤務の固定シフト。
対人折衝は極力避ける。と決まり、上司の目の前で診断書を書いてもらいました。
上司にはご足労かけましたが、主治医、上司、私、家内と復職に向けて共通認識が
できましたので2度目の復職は精神的にだいぶ楽でした。

とはいっても、復帰初日は、久々の勤務ということもあって、
自分のデスクに座っているだけでも疲れてしまいました。
そんな状況からのスタートでしたので、2日出勤したら1日休む。というような、
変則勤務が続きましたが、 2週間もすると6時間勤務に耐えられる体調になりました。

元来、せっかちな性格のため、焦ってしまうこともありますが、
そういうときは、将来いい仕事をするために今は充電しているんだと、
自分に言い聞かせるようにします。




  

Posted by 杉本右京 at 17:37Comments(0)メントピ1:うつエッセイ

2007年12月14日

うつエッセイ〜6〜二度目の休職

その日のうちに主治医の下に運び込まれ、
3ヶ月の休職を要するという診断を受けました。
休みたくなかった私は軽減勤務で対応してくれるよう必死にお願いしましたが、
主治医には聞き入れてもらえませんでした。

このままの状態で仕事を続けていると、最悪自殺に至る可能性がある。

主治医から発せられた言葉は、
当時の私にとって相当ショッキングなものでした。

しかし、その言葉を聞いたおかげで冷静になれたのも事実で
クリニックを出る頃には、不思議と気分が落ち着いていました。

今のままの自分を放っておけば、自ら死を選ぶ可能性だってある。


もっと真剣に自分の病状を受け入れよう。
しっかり休もう。
診断からちょうど半年。
やっと自分の病気を心から受け入れようと決めた瞬間だったのかもしれません。


病気を内緒にしていた両親にも、はっきり病気のことを伝え、
うつであることを隠さないことにしました。

もちろんオープンにすることをすぐに決断できたわけではありません。
一人でずっと病気の私のことを抱え込んでいる家内の負担が
そろそろ限界に来ているということと、
「借金と病気はまわりに言って解決していくのよ。」という
上司の言葉に励ましがあったからです。

うつであることを隠すことをやめて気がついたことは、
隠すより、オープンにするほうがストレスが少ないということ。
うつであることを隠して気兼ねするより、病状を理解してもらえるよう
努力するほうが精神的に楽ということでした。

私が復職に失敗した最大の原因は、
うつを隠そうとした歪みだったのかもしれません。

二度目の休職は、最初の休職とちがって休むという
「作業」を覚える必要がなかったのでスムーズなスタートでした。

最初の一ヶ月は、とにかく何も考えず、
自分のやりたいように過ごしてください。
その後のことは2ヶ月目以降に考えましょう。
というのが治療方針でしたので、
仕事のことを思い出すような要因を全て排除。
遊んでみようということになりました。

その期間に、今までやってみたいと思っていたゴルフを覚えたり、
大好きなサスペンスドラマの再放送を堪能したり、
旅行に出かけたりしました。
また、目標を持った生活がしたいという願いから、
休職期間中に行われる時事能力検定にも
チャレンジすることにしました。

もちろん、すべてがうまくいったわけではありません。
精神的な負担が減ると思っていた旅行も、実は負担部分が大きく、
旅行後にうつがひどくなって、順調な波を取り戻すのに
時間がかかったり、不器用でなかなか上達しないゴルフが
ストレスになってしまったこともありました(笑)
でも、疲れたときは無理をしない。
元気じゃないときはチャレンジを控える。
できないことを悔やむより、できることをやって楽しむ。
そんなルールはしっかり守って過ごした3ヶ月でした。

その結果でしょうか?
ひっかけていたばかりのゴルフボールもなんとかまっすぐ飛ばせるようになり、
時事能力検定にも合格するという喜びを手にいれることができました。
そして、そうやって生活していくうちに、ココロの発するサインを
感じることができるようになりました。

例えば、ちょっとココロに元気がないなぁというときのサインは…
・新聞が三日以上溜まってしまう。(内容が頭に入らない。)
・大好きな2時間サスペンスドラマが見られない(ストーリーが追えない。)
・音楽を聴かなくなる。(ラジオを聴いてても音楽が流れていると消す。)
その他いろいろありましたが、
このサインを読み取れるようになったあたりから、
自分自身の心と体に極力負担をかけない生活スタイルが身につきはじめたと思います。
ちなみ、上記の3つは今でも
自分自身のココロの健康をはかる尺度となっています。

  

Posted by 杉本右京 at 17:36Comments(0)メントピ1:うつエッセイ

2007年12月14日

うつエッセイ〜5〜復職

約1ヶ月の休職で少し元気を取り戻した私は、
「3ヶ月間の残業禁止」
「休日出勤の禁止」
という条件で復職を果たしました。
「もっと休んでもいいと思いますよ」という
主治医や上司のアドバイスを振り切っての復職でした。

自分のペースでゆっくり仕事をするから大丈夫。
そう思って会社に着いたのですが、現場に戻った私は焦っていました。

忙しく動き回る職場。
封印するはずだった、頼まれたら断れない性格。

いつの間にか、自分の体調より何より、ご迷惑をおかけした分、
そのお詫びの意味も含めて早く仕事に完全復帰したい。
そんな思いが募り、気がつけば今までとほぼ変わらないスタイルで
仕事を始めていました。
忙しく働きまわる周囲に巻き込まれて、
自分自身を再び見失い始めていたのです。
とにかく必死でした。休んだ分、遅れを取り戻さなくちゃ。
それはもう焦燥感の塊でした。

しかし、そんな状況で仕事をして
スムーズに仕事が進むわけがありません。
元気だった頃の感覚で仕事をしようとするのですが、
心と体がついていかないのです。

1ヶ月休んだ分の心のゆとりは、あっという間に使い果たし、
やはり、休職前と同じ壁にぶち当たりはじめました。
いえ、正確にいえば、悪化していきました。

苦しい思いをしながら必死に新聞を読んでいても、理解できない。
ケアレスミスや物忘れがひどい、
さっき受けた指示や会話を思い出せない。
集中力が続かない。
人ごみに酔う。

復職から丸4ヶ月が過ぎたある朝、とうとう新聞が読めなくなっていました。
文字が情報として読み取れなくなくなっていたのです。
気がつけば、会社で一人泣き叫んでいました。

  

Posted by 杉本右京 at 17:35Comments(2)メントピ1:うつエッセイ

2007年12月14日

うつエッセイ〜4〜休職中

■最初の休職
休職期間に入り、まず私が常に感じていたことは、
「自分は必要のない人間なんだ」ということ。

自分がいなくても、組織は動く・・・という変な考え方。

今考えると、なんて不遜な謙虚さの足りない考え方だと思うのですが
当時は、自分がいなくても普通に仕事がまわるというのが悲しくて悲しくて
仕方ありませんでした。

冷静に考えれば、一人の人間が休んだことでつまづいてしまう組織は非常に危ない
ということがわかるはずなのですが、 そんな冷静な判断をする余裕は
当時ありませんでした。

家で休んでいても落ち着きませんでした。
仕事もできないくらい心が疲れているはずなのに
仕事のことを考えていない自分が恐ろしくてしょうがない。
自分一人が世の中から取り残されると思っていましたし、
テレビを見て同い年くらいの有名人が出てくるたびに
自分は何をやっているんだろう。なんて考えたものです。
我が家から見える国道58号の渋滞も苦しかったです。
私はここで何をしているんだ。
みんな渋滞に巻き込まれながらも出勤して仕事いるのに俺は…
気がつくと、部屋中のカーテンは閉まっていることが多くなりました。
カーテンを開いて外の景色を見るのもストレスになっていたからです。
今思えば、せっかくに休みなのに、不安が堂々巡り。
とにかく自分自身を責める日々が続きました。



休み始めて10日ほど経ったころでしょうか。
久々に開け放ったリビングの窓から、キレイな海が見えたのです。
もちろん、今までも海は見えていました。
でも、今まで本当の意味で海を見ていなかったのかもしれません。

私はこの日、海を見て、海の「青さ」に本当に感激したんです。
空と海の青のコントラストが本当にキレイでぐっとひきこまれました。
そうなると、カーテンを開けるのも楽しくなってきて、
毎日のように海の観察。
そんな毎日を続けていると気がついたのです。
同じ海でも、時間帯や天気によって
見せる表情が違うのだということに。

海の街糸満で20年生活していたはずなのに、私は海の青さを思い出せないくらい
ゆとりを失っていたんだなと思いました。

この海の青さに気がついたあたりから、 精神的にも落ち着きを見せ始め
心も体も休んでいるという実感が湧いてきたようです。
休職期間が終わる頃にはちょっとだけ元気な自分を取り戻していました。


  

Posted by 杉本右京 at 17:34Comments(0)メントピ1:うつエッセイ

2007年12月14日

うつエッセイ〜3〜診断を受ける

私がうつの診断を受けたのは平成19年1月16日。
原因不明の微熱が続いていて、内科医に勧められての診察でした。

まさか自分がうつ病なわけない。
そう思っていましたので内科医の提案は意外なものでした。

しかし、今思えば当時の私は自分を受け入れられずにいただけで、
日常生活を普通に送れない状況になっていました。

なかなか寝付けない。
夜中に何度も目を覚ます。
朝方起きたら眠れない。
寝汗をかく。
欠勤が増える。
会社に着くと、息切れ、どうき、めまい。
優柔不断。

仕事の進捗上、相当危険な状態なのに、
上司・同僚への報告は 「大丈夫です」の繰り返し。
電話もかけることもかなり困難な状況になっていました。
しまいには帰宅時に「お疲れ様でした」と部内に声をかけることもできず
逃げるように一目散に退勤。気がつけば、完全にコミュニケーションを避けていました。
自分の気持ちを押し殺して無理をしてコミュニケーションを取ろうと思えば、
攻撃的な会話しか出来ず、相手をいらだたせ、その後は自責の念に襲われる。
帰宅後は会社から連絡がないよう携帯電話の電源をOFF。
しかし、心の電源はOFFにできず不安や心配が堂々巡りをしていました。

主治医の診断はうつ。
まずは1ヶ月程度の休職が必要。と言われました。
  

Posted by 杉本右京 at 17:32Comments(0)メントピ1:うつエッセイ

2007年12月14日

うつエッセイ〜2〜手記にこめる思い

私は2007年1月16日。うつ病と診断されました。

自分でもよく理解できない体調の変化に戸惑い、
表現できないほど辛く苦しい孤独感と不安を覚えたものです。
また、今まで普通にできたことができなくなった自分への焦り、
自尊心の極端な低下など、押し寄せる気分の「波」にとまどい
もがき苦しむ毎日が続きました。
涙を流しながら「苦しいよぉ」と唱えることしかできない夜も
ありました。
気がつけば自尊心は落ちるとこまで落ち、
自分が何であるのか?何がしたいのか?
さっぱり分からなくなるときもありました。
そんな中で、一筋の光明となったのが
ずっと支えてくれた理解ある妻・両親、
信頼できる上司や友人、同僚でした。

うつが回復傾向にある今、
彼らの支え一つ一つを思い返すと胸がいっぱいになります。
ややもすれば、いて当たり前と思い込んでいる身近な人やささやかな毎日に、
うつはそっと感謝する心を教えてくれたのかもしれません。

うつ病を発症する要因や症状、治療方法は人によってさまざまです。
なので、何が一番いいとか、これがベストだという方法はないと思っています。
私の回復までのプロセスががすべての人に有効というわけではないでしょう。

ですが、自分の場合はこういうかんじだったと語り合うことで、 共感し安心感が
生まれますし、もしかすると自分だけだろうか? という不安を
ぬぐうことがでると思います。

また、私が健康なとき、
うつに対して無知だったゆえに、 苦しんでいる人に
適切な対応ができなかったばかりか、
さらに苦しめてしまったという反省があります。

私の手記が、うつに対する理解を広げるよいきっかけになればと思います。

  

Posted by 杉本右京 at 17:31Comments(0)メントピ1:うつエッセイ

2007年12月14日

うつエッセイ〜1〜ネクタイは自分らしさの象徴なり

社会人4年目の2007年11月8日。
この日は私の大事な記念日の一つとなりました。
記念日の名前は「ネクタイを締めていくことにした記念日」

服装が自由な私の職場で、
あえてネクタイという服装で出勤することにしたのです。

上司でさえ1年のほとんどはカジュアルウェアの職場で
私はネクタイをするのか?

それは、ネクタイが好きだから。
理由はただそれだけ。

今までは、締めたいけど誰も締めていないから…
という理由だけでネクタイを封印していた私。

でも、仕事もプライベートも自分らしくありたい!と決意したその日、
私は自然と自分の大好きなネクタイたちに手を伸ばしていました。

実はそれは、私が自分らしさを意識し、うつに心から感謝した
新たな旅立ちを意味する日でもありました。
私の締めるネクタイは「自分らしさの象徴」でありたいのです。

  

Posted by 杉本右京 at 17:29Comments(0)メントピ1:うつエッセイ