てぃーだブログ › 耳は二つ、口は一つ › 2008年03月

2008年03月27日

刑事ドラマの魅力~心の三叉路67~

刑事になりたいと思っていたことがありました。

両親が刑事ドラマ好きで、太陽にほえろ、西部警察
刑事貴族といったドラマ(当時は再放送でした)が好きで
それを私もずっと見ていたからでしょう。

最近は水谷豊主演の「相棒」シリーズに夢中ですが、
刑事ドラマでどのキャラクターが好きか?と言われれば、
やはり、藤田まこと扮する「はぐれ刑事純情派」の
「やっさん」こと安浦吉之助刑事でしょうか。

出世に興味がなく、万年平刑事に甘んじているが
ひたむきな正義感とホットな心を持って、犯人やその家族、
そして苦しむ一般市民のこと考えて常に捜査に当たる。
なんてたってその姿は、元国家公安委員長白川勝彦氏が、
違法不当な職務質問を受けた際に、
“これからの警察は安浦のような警察官を育て、大事に
しなければならないのに何事か”と関係者に説教
したと言われているほどなのですから。

そのせいでしょうか・・・社会人になってしばらくは
服装自由な社の雰囲気に甘えて、ノーネクタイに
スーツという「安浦スタイル」で出勤していたなぁ。
スーツは着るのに、あえてネクタイをしないところもなんとなく
「はぐれ」な気分を味わっていたのかもしれません。

そうそう、最近はお昼時に再放送されている
「はみだし刑事情熱系」を録画して週末にまとめてみるのが
楽しみの一つになっています。
犯罪を憎む心は人一倍強く、犯罪者の心をも救えると信じて
捜査する柴田恭平扮する高見兵吾刑事に毎度しびれている。

そのせいでしょうか・・・最近、やたらとサングラスをかけるのは。
そして、ベルトから「脂肪」がはみ出ても平気なのは(笑)

冗談はそのくらいにして・・・両者に共通しているのは、

はぐれ刑事は「純情派」
はみだしの方は「情熱系」

どちらも、不器用だけどハートが暖かく
「情」で動き、情で事件を解決している
(もちろんドラマですが)
世の中のデジタル化が進み、ややもすれば
メンタル的な部分までデジタルな動きを求められますが
人の心は基本アナログな部分が大きいと思います。
はぐれていてもいい、はみでていてもいい。
情と情で接することのできる、そんな人間になりたいと思います。
  

2008年03月26日

うつ友の言葉

できないことには理由がる。


うつ友の一人、新垣賢昇さんからこんなメッセージをいただきました。

「やらなけらばならない」ということに対して、
できないときに心が振り回されなくなっている。
「できないこと」には意味があり、
心の赴くままに風のように任せて楽しんでいる自分がいる。
(新垣賢昇「今日のメッセージ2008年3月25日号」)

「できないことには意味がある」という言葉は私の胸を打ちました。
やらねばならないことが「できない」自分を責めたり悔やんだりする
ことがあります。

でも、責めたり、悔やんだりする時間を、なぜ「できないのか?」、
どうすればできるようになるのか?そもそも今するべきことか?
などと考えれば、自分が受け入れるべき結論を
見出せるような気がするのです。

「できないことには意味がある」
この言葉を胸に己と真摯に向き合えば、
その意味を理解し前に進めるでしょう。
  

2008年03月25日

元気ではない自分を認める~心の三叉路66~



時に元気ではない自分がいる。
でもそれも自分であって他の誰でもない。

それを責めては苦しくなるだけじゃないか?
そう。そんな自分を認めてあげることも大事じゃないか?
自分と闘ってはいけない。闘うのは簡単。
闘うより、それを自分の一部として認めることのほうが
数倍難しい。  

2008年03月24日

エゴグラム~心の三叉路65~

エゴグラムって知ってますか?

これは1957年エリックバーンによって開発された
人間の交流や行動に関する理論体系・治療技法です。
下記の5つのカテゴリに関する50の質問に答えて、どの要素が
強く、どの要素が弱いかを見て、周囲との交流のありかたを
客観的にとらえることができるというものです。



CP:批判的な親。父親。他人に厳しく指導する。
NP:養護的な親。母親。他人をいつくしむ。
A :大人。社会人として物事を客観的にとらえ理論的に行動。
FC:自由奔放な子ども。自己主張。自己実現を進めていく。
AC:順応した子ども。周りに合わせるようとする。ぶりっこ。

私の場合、CP(批判的な父親)が低く、NP(擁護的母親)が高い。
そしてFP(わがまま、自己主張)は低く、AC(周囲を気にする)が高い。
という結果がでました。少々ストレスがたまりやすい性格だそうです。
そんな私は、休日にできるだけ自然とふれあい、
スポーツやレクレーションを通して汗を流すのがGOODだとか。
まぁ、ある専門家によるとうつになりやすいタイプだとか。。。
なんとなくわかりますねぇ。。。
  

2008年03月23日

車考~心の三叉路64~

車っていつからこんなに退屈なものになったんだろう。


私が幼い頃、車はあこがれの対象だったし
大人のステイタスだったのに・・・
最近は、AからBに移動するためだけの快適な道具でしか
なくなってしまった。

持つ喜びはもちろん、それを操る楽しみを感じない。
車離れ顕著という記事を見て納得できる気がする。

車はリビングルームでもなければ、
音楽を聴くためのリッスンルームでもない。
少々不便だっていい。
少々装備がちゃっちくてもいい。
駐車場にたたずむ我が愛車を見て愛させてほしい。
一時間でも二時間でもその車を見て飽きないくらい
車に恋をさせてほしい。
恋愛対象はデザインでもエンジン形式でもいい。
どこか一つを強烈に愛したい。恋に落ちてみたい。

なめるように見つめても飽きないその我が愛車に乗り込み
キーを挿入しクラッチを踏み、エンジンをかける。
アクセルを二、三度踏み、胸の高鳴りがタコメーターに呼応する。

そんな車が最近は少ない。いや、ほとんどない。
売れ筋の車が世にあふれるのは、自由経済の原則上仕方ない
としてもだ、今の車社会はあまりに車好きを軽んじている。
安い車でいい。装備はなくってもいい。速くなくてもいい。
車に恋をさせてくれ。



これが車と人間のあるべき姿のはずだ。

  

2008年03月22日

杉本右京復活!!

どうも、杉本右京です。
実は・・・はい。うつがひどくなってまして
しばらく寝込んでました。


最高の気分転換だったはずの
エッセイ「心の三叉路」も書くネタが思い浮かばず
開店休業状態。。。
いろいろな方から励ましのメッセージをいただきました。
そのおかげもありまして、杉本右京復活でございます。
自分のペースでちょこちょことまた執筆活動をしていければ
と考えています。

実は今回のうつの波は、私にとってかなりいい勉強になりました。
そのあたりのお話もぜひここでやっていければと思います。
どうか、これからも引き続き杉本右京をよろしくお願いします。
  

2008年03月22日

夜の瀬長島~心の三叉路63~

もう何年も昔の話。時期はちょうど今頃だったかな・・・
離島で生まれ育ち、18を過ぎるまで沖縄本島で
生活したことなく那覇のことはあまり知らない。
という友人の観光案内をかって出たことがあります。


時間に制約があって、回れる場所は限られていたのですが
連れて行く場所一つ一つを喜んでくれて本当にうれしかった。

その友人が一番喜んでくれたのが、夜の瀬長島。
キラキラ光る誘導路とボーイング737の離着陸を見て
彼女はとてもよろこんでくれました。

南部育ちで、瀬長島は我が庭のように感じていた私は、
「瀬長島はコースから外そう」と思っていたのですが、
南部の観光スポットをすべて行き尽くしてしまって・・・
私の中で補欠だった瀬長島が急に呼ばれたわけです。
私は飛行機の離着陸が好きで瀬長島にはよく行き
ますが、彼女が見て喜んではくれないだろうと思ったわけです。
まぁ、あてにしていなかった補欠が大ホームランを放った
というところでしょうか。

その彼女も、今では本島で仕事をし、永遠のパートナーを
見つけ子宝にも恵まれ幸せに生活しています。
ただ、そんな20代にありがちな環境の変化は私と
彼女を疎遠にさせてしまったわけですが、先日、
取材先で偶然彼女と再会。3人の子供のたくましい
母親になった彼女は私にふとこう言いました。

「私は夜の瀬長島が一番好きよ。」と。

沖縄本島の住民となった今、彼女は本島内の
ほとんどの場所を行き尽くした。
でも、本島で一番は、あの日の瀬長島だそうです。
まだ寒さ止まぬ中、二人で見上げた737の明かりと、
誘導路の明かりが忘れられないのだとか。
彼女は光輝く誘導路の明かりに自分の未来を
重ねたそうです。不安と期待、割合は7:3.
そんな彼女の胸に、瀬長島は希望の明かりを
灯したんですね。

だから彼女は今でも何かつらいことがあると
瀬長島に足を運び、島から沖縄本島に出てきた
あの夜を思い出し自分を奮い立たせるのだとか。

別れと出会いが交差するこの季節。
何気なく自分のした何気ないことが、
彼女の人生を支えていることを知り、
うれしくなりました。
あれからそろそろ10年。
彼女に比べるとずいぶんくたびれた
わが身に「渇!」を入れるためにも、
今晩は夜の瀬長島に出かけてみようかと
思います。
  

2008年03月12日

レイモンドチャンドラーの言葉から 心の三叉路~62~

男はタフでなければ生きていけない。
優しくなければ生きていく資格はない。


ハードボイルド小説の巨匠レイモンドチャンドラーが
著書「プレイバック」で主人公フィリップマーロウに
語らせた言葉だ。

しかし、この訳には異論も多く、
矢作俊彦氏は『複雑な彼女と単純な場所』(新潮文庫)の中で、

「ハードでなければ生きていけない、
ジェントルでなければ生きていく気にもなれない」が正しいとしている。

原文を読み直してみると確かに
If I wasn't hard, I wouldn't be alive.
If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive.
となっていて、翻訳論争となれば矢作氏の翻訳に軍配が上がりそうだ。

ハードとは?ジェントルとはなんたるかを知る由もない私からすれば、
矢作氏の翻訳よりは、冒頭の訳のほうに愛着があり共感を覚える。
かといって、タフさも、優しさも残念ながら持ち合わせていないが。

人間は男・女に限らず、年を重ねれば重ねるほど、
様々な相違と対立に出くわす。相違と対立の狭間で傷つけられるたり、
傷つけたり…ということもあるわけで…そんなときはタフな心で
それを乗り越えねばならない。そしてその相違と対立は
優しさを持って受け止めなければ、人間としての成長はない
ということだろうか。

何でもない言葉だが、チャンドラーはどんな思いを持って、
この言葉をフィリップマーロウに語らせたのか…
今度時間があるときに「プレイバック」をじっくり読んでみようと思う。

ただ、この名言にビビっとくるのは日本人だけのようで、
海外ではさほど有名な台詞ではないらしい。
強さと優しさの狭間で揺れ動くのは、日本人だけなのだろうか?
  

2008年03月02日

カフスボタン-心の三叉路61-




カフスボタンって知ってますか?
(*お笑いではありません。)
私、大好きで・・・今私のまわりで流行らそうと思っているのですが
・・・はやる気配はありません。悲しい。