2018年12月28日
なんでもない当たり前の光を重ねてゆこう~いいねの言葉(5)~
最近、ある人に恋している。
いや正確に言えば、その人の書く文章かな。
日本経済新聞朝刊のエッセイ「プロムナード」を執筆されている
俳人の神野紗希さんだ。日常の何気ない1シーンや人間の機微を
ユーモラスにかつ的確に描写するその文才は、向田邦子の再来
ではないか?と思わせる。彼女のエッセイが掲載される日が待ち遠しい。
その中で最近共感したのがこの言葉。
神野さんは生活に疲れたときには
「今日が人生最後の日」
と思うことにしているそうだ。
彼女曰く
もしも今日人生最後の日だったら、
ベランダに干した家族の靴下
風に揺れるぶらんこ
青空に透ける雲のかたち
灰色に見えた日常が光をまぶしたみたいにきらきらと輝き始める
わだかまっていたあれこれも
些細なことだと笑って許せる。と書いたうえでこう書き綴る。

年の瀬で感じる忙しさのなかで感じる苛立ちさえも
なぜかこの言葉に触れるとやさしい気持ちになれる。
なんでもないようなことが実はとても尊いもので、
ないんでもない朝が実は特別な朝かもしれないのだ。
当たり前の日常を当たり前と感じる不遜な気持ちを払拭させてくれる
素敵な言葉だと思う。
神野さんの作品、もっと読んでみたいと思う。
いや正確に言えば、その人の書く文章かな。
日本経済新聞朝刊のエッセイ「プロムナード」を執筆されている
俳人の神野紗希さんだ。日常の何気ない1シーンや人間の機微を
ユーモラスにかつ的確に描写するその文才は、向田邦子の再来
ではないか?と思わせる。彼女のエッセイが掲載される日が待ち遠しい。
その中で最近共感したのがこの言葉。
神野さんは生活に疲れたときには
「今日が人生最後の日」
と思うことにしているそうだ。
彼女曰く
もしも今日人生最後の日だったら、
ベランダに干した家族の靴下
風に揺れるぶらんこ
青空に透ける雲のかたち
灰色に見えた日常が光をまぶしたみたいにきらきらと輝き始める
わだかまっていたあれこれも
些細なことだと笑って許せる。と書いたうえでこう書き綴る。

年の瀬で感じる忙しさのなかで感じる苛立ちさえも
なぜかこの言葉に触れるとやさしい気持ちになれる。
なんでもないようなことが実はとても尊いもので、
ないんでもない朝が実は特別な朝かもしれないのだ。
当たり前の日常を当たり前と感じる不遜な気持ちを払拭させてくれる
素敵な言葉だと思う。
神野さんの作品、もっと読んでみたいと思う。
Posted by 大城勝太 at 08:06│Comments(0)
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